2013年11月6日水曜日

激論!コロシアム『怒りの戦後教育SP』(5)「体罰賛成?反対?」




戸塚宏 体罰は目的を持ってやるでしょう? その目的を一切考えずに否定しとるんですよ。否定する理由、子どもがかわいそうでしょう? あれは子どもの今がかわいそうなんや。だけど教育だから戦略的目的を持っとるでしょう。その戦略的目的に合うようにやるんですよ。

堀潤 内藤さん、いかがですか?

内藤朝雄 まず一番最初に引っかかるのは、「戦後一貫して」という言い方は実は間違いで、もう明治の初めから体罰は一貫して禁止されていて、しかも戦前のほうが体罰を子どもに振るわれて親が文句を言って、戦後のほうが「体罰を振るわれて親が文句を言うのは変だ」ということになったんですね。恐らくは軍隊でむっちゃくちゃ残酷なことを体験してきた人が復員してきて、中学校の中で生徒をボコボコに殴っているので戦後のほうが体罰はひどいっていうのが実際の姿であろうと過去の新聞記事からは推測できます.

堀潤 なるほど。では皆さんにお伺いしましょう。体罰は必要なのか否か、一斉に札を上げてください。

 

金美齢 必要あり

戸塚宏 札上げず

山谷えり子 必要なし

細川昌彦 必要なし

寺脇研 必要なし

内藤朝雄 札上げず

井上和彦 必要あり

北野誠 必要なし

 

内藤朝雄 私は体罰という言葉自体を使うべきでないと思って。教員による暴行傷害であると。体罰という言葉を使うと、ただの暴力の被害者が何か落ち度があって教育の対象であった・・・。

 

堀潤 罰を・・・。

内藤朝雄 というふうに二重の被害を受ける。ダブルレイプのようなことされちゃうわけですね。

堀潤 なるほど。

内藤朝雄 悪者にされちゃうんです。ですからチンピラみたいな人が、気に食わないといって殴って教育だというふうに正当化したらなぜか被害者が悪者になるので、教員による暴行傷害という言葉を使うべきだと思います。

井上和彦 言いすぎですよ、それは。

戸塚宏 目的ですって。何の目的・・・。

井上和彦 私はやっぱり、これは教育をする側の愛情があるかないかで大きな違いがあるし。僕は先ほどの戸塚先生の見てて、本当に愛情を持って何とかこの子どもたちを更生させてやろうという、こういうことに対しては私は必要だと思うし・・・。

内藤朝雄 全く違います。

北野誠 ちょっといいですか、でもそういうので、じゃあどこまでが体罰でどこまでが許容範囲かってなってきたら、桜ノ宮のバスケット部なんか何十発も殴ってて、そうなったときにそれを教育、体罰だと言い出したら、それで亡くなった子どもがいたときに、それをどこで止めるのかってその先生本人の、いわゆる戸塚先生がおっしゃったソフトっていうのはどういうふうに運用されるのかってのは、人間の心、感情っていうものがあったときに、そうなったときにじゃあどうすんのかって話ですよ。

堀潤 山谷さん・・・。

戸塚宏 あのー、間違えたらいかんですよ。感情を込めて体罰をやるんです、感情的に。これがあったかいんですよ。これが感情抜きにやってご覧、とんでもない冷たい体罰や。

石原良純 感情っていうのは思いっていうことですよね?

戸塚宏 ん?

石原良純 感情的にというのは突発的にということじゃなくて・・・。

戸塚宏 感情的にというのと感情を込めるなというのは全然別の話。

堀潤 山谷さん、今のこの議論伺って・・・。

山谷えり子 学校教育法の11条で体罰は認められていません。すなわち殴る蹴るは暴行ですね。それは私は当然だと思っていますし、伊吹大臣がなんか認めたような発言で紹介されていましたが、恐らく全体を聞いたらそうではないんではないかと思いますね。私もちっちゃいころは親から「5時に帰れ」と言われたのに帰ってこないとお尻ペンペンぐらいはされましたけど、それは決して体罰ではではありませんし。暴力行為としての体罰、こういうのを認めてしまうと・・・。

戸塚宏 ああ、それは暴行なんだ。

山谷えり子 人間っていうのはどんどん暴力への誘惑っていうのもあって、残虐性がありますから・・・。

堀潤 それは確かにねえ。

山谷えり子 そこのところは、きちんと教育の場面では見ていかなければならないと思います。

金美齢 私は実はケース・バイ・ケースという返答をしたんだけれども。私、教師としては、相手は大学生ですからこっちは負けるから絶対手を振り上げないし、言葉が通じますから。つまり理屈で説明ができるからそういうの一切やらないけど、自分の家では娘と息子にも手上げたこと、それこそお尻ペンペンとかしょっちゅうやりましたし、孫にもピシッピシッピシッってやりますよ。

堀潤 いや、もう家庭はね、しっかり親御さんの判断でやるべきだと思います。

金美齢 今一番の問題は体罰がいいか悪いかっていうことを、これかあれかっていうふうに決めてしまうっていうことが私は一番良くないと思う。つまり「体罰絶対やっちゃいけない」って言うと、必ずそれを武器にする学生が出てくる。

堀潤 でも、懲戒じゃいけないんですか?

金美齢 いや、そうじゃなくて「手を出したらあんた首だよ」って言う人いるんですよ。

戸塚宏 呼び方が間違っとるんですよ。体罰・・・。

金美齢 ちょっと待ってください。絶対に駄目っていうふうに決めてしまったら物事っていうのは非常に膠着してしまうし、まるで今の日本の憲法のように戦争は絶対に駄目だっていうようなことと全く通じる。日本のやり方っていうのはあまりにも・・・。

堀潤 ゼロか100かではないということ?

金美齢 そう、オール・オア・ナッシングなのよね。そういう言論を私してほしくないの。つまり必要なときもあるだろうしね、だけどもああいうのはやり過ぎだから、これは教師としてやるべきじゃないとかね。だけどもどうしても言うこと聞かない場合に手を上げることもあるだろうと。

細川昌彦 金さんおっしゃるように、学生だけじゃなくて小学校中学校でもモンスターペアレントっているわけですよ。そうすると「それ体罰じゃないか」って言われて、過度に萎縮するというのが他方で起こっているんですよね。だからそこはどうかなと思いますが、ただやっぱり基本のところは体罰禁止って、これはちゃんと持たないといけないと思うんですよ。ただ、個々のケースで微妙なところってないわけじゃないと思います。そこのところよく具体的に客観的に見ないと。モンスターペアレントから見たら主観的には「体罰だ、体罰だ」と言われて萎縮しちゃう。これだけはちゃんとみんなでガードしてあげないといけないと思いますよ。
井上和彦 細川さん、でも結果としてこれいじめや何かあって、そのいじめられちゃった子ども,私、滋賀県の大津市で起こった学校の卒業生なんですよ。それでちょうど親御さんが私と同じ世代の人なので聞いてみましたら、先生が何も言えない。先ほど細川さんが言われたようになっている。そうすると懲戒が限界に来たときに警察が入らなきゃいけないことになりますよね、これ。だってものすごい乱暴なんですもん。で、結局いじめで自殺したり、それによって親も苦しむ、みんなが苦しむんですから、いじめをやったやつ、あるいは言うことを聞かないやつには痛みを持って痛感させるしかないですよ。これはもう当たり前だと思いますよ。


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